
「Seietsuによる音の絵画・音の書」
text by FK
純度の高い人のイマジネーションというものは時にはアートを思わぬ方向に突然変異させ、新たなステージをへと進化させてしまう。
今回あなたが手にとられたこのCDには、Seietsuの持つ「情熱」「愛情」そして「ひたむきな精神」が「音」に投影され解き放たれた他に類をみない非常にユニークなサウンドスケープを持った彼の公式なデビューアルバムとなる。
まるで知恵の輪のように境目なく回転するリズム、日本人の繊細かつ優美な美意識を感じさせるピアノの音色、竹を切り裂く刀のように切り込んでくるスクラッチ。それらの音は明らかにヒップホップの影響を色濃く受けていながらも、ジャズのエッセンスを交えながら独創的な音世界を紡ぎだす。その様はミージシャンによる演奏というよりもむしろ画家が水彩画を描くときのような淡くも色鮮やかな筆使い、もしくは書家が澄み渡った純白の半紙に筆を入れる感覚に近いといえる。
なのでSeietsuの作品は「楽曲」という呼び方よりも、「音の絵画」もしくは「音の書」と表現したほうがしっくりくるかもしれない。
後に彼と実際に会って話したときに初めて知ったのだが、実は彼は幼少の頃から書道も嗜んいるとのことで、これらの事実も非常に興味深く彼のサウンドデザインに潜在的に影響を与えていることも間違いないであろう。
70年代の終わりにニューヨークで産声をあげたヒップホップが海をわたり、遥か遠方のこの日本でこのような進化を遂げることを誰が予想しただろうか。
ただ一つ共通して言えることは「同じレコードを2枚用意して繋げて踊る+ラップを交える」というオールドスクールヒップホップとSeietsuの「特異なリズムと音色のバランス感覚」には「無邪気な遊び心」と「シンプルな機材を使ってイマジネーションを最大限に表現する」ことである。
両者には「グラフティー+ラップ云々〜4大要素」を学術的に述べるヒップホップ観は皆無で、ごく身近なストリートに存在する「そうすることが楽しかったから」というもっと純粋でシンプルな動機が存在する。
しかし、それらの音楽性を言葉で表現してみると状況は一変する。「ラフでタフ」、「ドープでファット」「ダンサブル」というヒップホップにとっては当たり前の形容で表現される前者とは裏腹にSeietsuのサウンドのほとんどは「優美」「繊細」「郷愁」といった日本人には馴染み深い単語が自然に現れてくる。誤解を恐れずに言うと、(良い意味で)彼の音楽性を理解するスピードは日本人が圧倒的に早いだろう。彼の音楽からはリアルな人間模様が繰り広げられるビルやガレキが立ち並ぶ西洋の都会の臭いではなく、日本人の心象に残る、郷愁漂う名も無き野原の臭い、澄み渡る田園風景、中秋の名月、冬の厳しい風雪といった我々とってはごく身近で現実的な美意識が宿っている。
では彼はどのようにしてこのような独創的でユニークながら我々を魅了するこの音楽表現に辿り着いたのだろうか。
彼は今回のアルバムを「Freeform Breakes」と名付けた。「フリーフォーム」すなわち「自由」な表現。ただ真の意味で「自由」を考えたとき、そこには必ず「責任」というものが必要になる。「自由」と「無秩序」とは違う。世界中の人々が「自由」になれたとき、地球は「平和」に包まれるだろうが、世界中の人々が「無秩序」になればたちまち人類は滅んでしまうだろう。
彼の音楽には「自由」が存在する。「自由なビート」はいかにして誕生したのか。
まずは彼の音楽のルーツの根底にあるのは90年代のヒップホップである。MPCという録音した音を四角いラバーのボタンにアサインしてリズム楽器(ドラムマシーン)として演奏するこの楽器のみでほぼ自分の表現を完結する。つまり最小限のシンプルな機材でどこまで表現の幅を広げられるかという概念は90年代のヒップホップの精神といえる。
そして独創的なリズム構成や音色の数々はジャズの影響が色濃い。とりわけあの独創的なビートの構造は1960年代に旺盛を極めたフリージャズからの影響を感じさせる。
実際には、彼は僕と知り合ってからここ数年でこのフリージャズへの関心を非常に深めてより自身のリズム構築の幅を広げた。
ただ誤解してはいけないのは、退廃し切った白人社会による弾圧に対してのアンチテーゼとしての意味合いを含んだ60年代のフリージャズ運動と、Seietsuのより音楽表現への自由を追い求めたがゆえのフリージャズへの傾倒は意味合いが異なる。共通する精神はただ一つ「自分の中での決まり事を取払い、今までやったことのない表現をしてみたかった」ということだけである。
もう一点は彼の持つ宗教観である。あくまで彼の音楽はストリートな感性によるもので、あまり彼を変わり者扱いしてほしくないのと難解な現代音楽のようなイメージを持って欲しく無いので宗教、宗教と述べるつもりは毛頭ないが、彼は主に中国に伝わる民間宗教「道教」を信仰しており、その「道教」とも関わり深い歴史書「三国志」からも大きな影響を受けている。恥ずかしながらこのあたりの事柄に関しては筆者の私はまだ勉強不足のため詳しく述べることができないのだが、もちろんオカルト的、祈祷師的なイメージは彼には皆無で、彼は自分をより正常・ニュートラルな状態に保つ為にとても健康的にこの「道教」という教えを忠実に守って生活している。「道教」自体が自然発生し語り継がれている民間宗教(日本で言うと
神道に近い存在)なので今後彼が宗教にドップリとハマって身を滅ぼすということも無いであろう。
最後にもう一つ、90年代ヒップホップの精神やフリージャズ、宗教観などと少し難しい要素を並べ立てたが、それと同時に彼はごく普通のHipHop、R&B、Popsなども非常に好きで、DJをするときもこれらをプレイすることは多い。実際に話してみると奇想天外な言動を繰り替えず奇人的なイメージは彼には全く無い。とても純粋で行動派。いつもバイタリティーに溢れながらも謙虚で義理堅い。なによりも彼自身の健康的でポジティブな人柄こそが彼の音楽性そのものである。
日本人が「敗戦」という最大のトラウマを抱えてから半世紀以上経ち、ヒップホップを始めとした自由な外来のアートフォームに憧れ、そしてそれらが我々の体に浸透し切った(真似ることをやりきった)といえる今の時代、それを昇華し、さらに世界の舞台に胸を張って作品を発表できる(していくべき)次世代のアーティストといって過言ではない世界観を持ったSeietsuの記念すべきファーストアルバム。もちろんあなたとこのCD出会いは偶然ではなく必然です。もっと日本人的に言うと「これも何かの縁」。この類い希なる才覚を持った一人のアーティストの未来を一緒に見守っていくことにしましょう。
2010年12月
Seietsu
Freeform Breaks

01.Free form breaks INTRO
02.reconstruct-logy
03.Programming to fly
04.Thought...
05.THE SHAPE OF JAZZ ''BREAKS'' TO COME
06.滔々と
07.Cloudy
08.blau
09.懊悩の砕片 feat.YOHEI HIBIKI
10.春秋 feat.DJ SHIN-G
11.alone in afternoon
12.ユメノハザマ
13.雲霓
14.''SAINT''
15.OUTRO~psalm of guan di~
16. THE SHAPE OF JAZZ ''BREAKS'' TO COME [IGACOROSAS remix]
RPD4
Format : Digital& Streaming
Release 10th May 2023
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